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河童について私が知っている二、三の事柄


俺には不可解な記憶がある。誰も信じてくれないが、それはこんなものだ。

子供の頃、父方の祖父母の家はまだボットン便所だった。ある日、大きい方の用を足していたとき、ペロリと何かに尻を撫でられた。俺はギョっとして、下を覗くとそこにはまぎれもない河童がいた。河童はボットン便所の仄暗い底から恨めしげにこちらを見つめていた。恐らくは子供だと思われる小型のそれは、緑色の肌をし、薄い黄色いクチバシを持ち、頭頂部にはきちんと皿がある。どこからどう見ても河童である。驚いた俺は、急いで居間に戻り、家族にたった今見た驚愕の光景を話すのだが、家族はその話を取り合ってはくれず、ただ笑うのみである。

というものだ。この幼少期の、現実的に考えると嘘としか思えない馬鹿馬鹿しくも悲しい体験は、今でもはっきりとした記憶として鮮明に残っている。そのおかげで俺は河童という存在を少し信じているふしがある。
記憶というものは容易に作り変えられる甚だ曖昧なものだとはわかっているが、ロマンを信じたい時もある。

少し河童の話を続けよう。
「カッパ巻き」という、きゅうりを巻いた巻き寿司がある事からもわかる通り、河童の好物といえばきゅうりだ。その為なのかどうか分からないが、俺はきゅうりが大の苦手だ。ぱりぽりと美味しそうにきゅうりを食べている人を見るととても羨ましく思う。美味しそうなのに食べられない。これは俺に河童の呪いがかかっているせいなのかもしれない。
最近では「かっぱ寿司」という回転寿司チェーン店もあるという。よくよく考えれば、気味の悪い未確認生物の名前を店の名前に付けるなんて、大した度胸だと言えようね。

誤解しないで欲しいのは、俺は河童の事は嫌いではないという事だ。むしろ好きである。
特に、やたら人間と相撲を取りたがるところは平和的で可愛らしくもある。

芥川龍之介の小説『河童』には、様々な河童が出てくる。まるで『ガリバー旅行記』のような趣きのある優れた風刺作品として、とても面白く読める作品だ。この作品にちなんで、芥川龍之介の命日は「河童忌」という。
作家の火野葦平にも河童を描いた作品は多い。
漫画でいえば花輪和一に『天水』という傑作がある。河童の頭の皿が小さな池になっているという設定が面白い。河童の造形も愛嬌がある。水木しげるの『河童の三平』も忘れてはいけない。


会社の先輩に河童がいる

会社の先輩に河童に似ている人がいる。その風貌はアンガールズの河童に似ている方をうんと小さくした感じであり、どちらかというと邪悪な方の河童だ。
性格もわりと小狡くて、人に媚びるのが上手く、保身的で、生来的に狡猾な印象が否めない。
以前、食べ物の好き嫌いの話題になった時に、「俺はきゅうりが絶対食べられないんですけど、◯◯さんは食べられますか?」と、どうしても聞きたくなったので聞いてしまったのだけれど、先輩はきゅうりは大好きということであった。それを聞いた時に、これはいよいよまさしく河童だな、と彼への河童の印象を強くしたのだった。


西遊記における沙悟浄について

好きな中国四大奇書のひとつ『西遊記』、その物語に登場する沙悟浄は日本では昔から河童として描かれる。堺正章が主演したドラマ版『西遊記』での岸部シロー演じる沙悟浄の何とも言えない情けないが憎めない姿は未だに印象深い。(河童というのは日本独自の存在なので、『西遊記』原典にはもちろん河童の描写は一切ないのだけれど。)
また、俺が小学生の頃、近所の駄菓子屋に置いてあるビデオゲームに『西遊降魔録』という西遊記をモチーフとしたものがあった。プレイヤーは孫悟空、猪八戒、沙悟浄の三人の中から自分が操作するキャラを選べるのだが、俺は毎回、河童姿の沙悟浄を選んでいた。毎日駄菓子屋に通い、来る日も来る日も河童を操作する。ボットン便所での体験が俺をそうさせたのだろう。


恐ろしい河童

民俗学者・南方熊楠の随筆にとても恐ろしい河童が出てくる。
老人が田んぼで働いていると、遠くにいる河童が「ホーイホーイ」と呼びかけてくる。老人が「河童が何を言うか、騙されるものか」とあざけっていると、突然耳の間近で異様な大声で「アホ」と呼ばれ、それ以来、その老人は耳が聞こえなくなったという話である。
これはなんとも恐ろしい。
ホーイホーイと呼びかける河童をあざけ笑う老人の光景というどこか牧歌的な雰囲気が漂う序盤に対して、後半の展開が怖い。そのギャップが怖い。遠くにいるのに急に間近で「異様な大声」で二文字を叫ばれ耳が聞こえなくなる。ただごとではないよ。


なぜ、尻を撫でたのか?

幼少時に俺が便所で河童に尻を撫でられた話は冒頭に書いた通りであるが、後年になって民俗学者・折口信夫の本を読んだ時、同じく便所で河童に尻を撫でられる箇所があって、我が意を得たりと思った。
河童に尻を撫でられる話は存外多いらしい。
河童はなぜそんなに尻を撫でるのか。折口はそれを何らかの示威運動であるとしつつもはっきりとしない。
尻子玉を抜く為か、はたまた俺の美尻を触りたくなった為か、夢幻か、真実は謎である。



かなり久々のブログ更新となった。
しかも河童の話を長々と、「急に何を言い出すんだお前は」というような感じでもあるが、まぁ話してみたくなったんだから仕方がない。
話したくなったんだから。



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2015/11/27 21:18 |雑記COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

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