更新される世界


■今朝、スマホを見たらAndroidの自動アップデートが始まっていた。もちろん、その間はスマホを操作できない。いつから始まっていたのかは知らないが、OSだけあってそれなりの時間がかかっていることが表示されたプログレスバーから見て取れる。俺は自動アップデートを許可した覚えはない。が、設定を解除した記憶もない。ということは、デフォルトで自動アップデートする設定になっているのだ。だからといって、何かと入り用な朝に開始しなくても良いと思う。スマホの世界にもタイミングの悪いやつというのがいるのだろう。
いったいに俺は現状に不満がない限り、ソフトウェアアップデートというものをしない主義だ。いざアップデートしてみたら、「改悪だな〜」と思うことが多いから。保身的とも言える。気持ちはもっとチャレンジャーでいたいと思うのだけど、新しい未知の問題には遭いたくない。未知というのは怖いものだ。例えば「未知の病原菌」というのも恐ろしい。「未知の生物」も恐ろしい。チュパカブラとか、フライングヒューマノイドとか、岸部一徳とか、やはり恐ろしい。

■アップデートといえば、セブンイレブンのお好み焼きパンが変わった。どう変わったかというと、以前は広島風で、今回は関西風、といえば分かりやすいだろうか。お好み焼きにおける広島か関西かという問題はわりと根深い問題のようであり、そうでもない問題のようでもあり、個人的には関西の方がやや好きかなといった具合なので、今回のリニューアルは喜ばしいことかというと、そうでもなくて、美味しいことは美味しいのだけど、ちょっと味がくどいような気がした。改悪とまでは言わない。考えてみれば以前のものもくどかった気がするのじゃが、今となっては確かめようがない。だいたいくどくないお好み焼きパンなんてものがこの世に存在するのだろうか。貧弱なシルベスター・スタローンはこの世に存在するだろうか。なんにせよ、ワシらは古きをすぐに忘れ、新しきをすぐにスタンダードにする進歩主義的競争社会に生きているのだろう。

■最近、メルカリというフリマアプリを利用している。テレビでもCMしているようなので有名か。正直、はじめはこのアプリをうさんくさいものだと思っていた。しかし、物は使いようである。このスマホの優れた趣は「手軽さ」に尽きる。手軽ゆえに、購入処理が数クリック(タップ?)で完了する。手軽ゆえに、素人が相場を知らないままに出品していたりする。場合によってはヤフオクなんかよりも安い。それとは逆に相場を無視した高値で売っているものもあり、こういうものを見つけた時は淡い怒りのような感情を覚える。これは私憤ではなく公憤に近い。強欲は罪である。騙される人間は存在する。存在してしまう。
手軽ゆえに、まさに玉石混淆というような様々な出品がされているメルカリだけど、それらの雑多な出品物を眺めるのは現実のフリーマーケットに近い感覚かもしれない。宝探し感覚ということ。
ところで今日、目的もなしに新しい出品物を眺めていたら、使い古されたピアニカが出品されていた。色んな部分が黒ずんでいるよ。誰が使い古されたピアニカを買うのだろうか? と思い、お気に入りに登録して状況をチェックしていたら早速売れていた。俺は俺の知らない世界を生きているのだろう。



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2016/03/31 00:04 |雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

三月二十八日の雑感


■うにくらげなるものを初めて食べた。一口目はとても美味しく、二口目で雲行きが怪しくなり、三口目はもう無理、となった。アルコールに弱いので、酒粕が多く含まれているのが苦手だ。大人の食べ物だなぁ。まだけっこう余ってる。火を通せばいけるか。クックパッドを見たらパスタにするのもアリのようだ。

■同僚が、酒の「サングリア」を「サンゲリア」と言っていた。それはゾンビ映画のタイトルだ。

■GYAOで「映画学校」なる特集が始まっていた。
フェリーニ、ゴダール、ベルイマン、タルコフスキー、アルトマン、キューブリック、ギリアム等が無料で見られる。
GYAOに何が起きた? 確変突入か?

■昨夜、久しぶりに雷の音を聞いた。
最初、トンカチの犯人が何か新しいことを始めたのかと思ったが違った。
落雷の時は家電製品のコンセントを抜いた方が良いと言うけれど、睡魔に負けて、寝た。
雷のゴロゴロゴロという音と響きは、どこか心地よささえある。


2016/03/29 02:31 |雑記COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

タイムショックに花束を


さっきは諧謔心の欠片もない随分と真面目なことを書いてしまった。
「お前は本来もっと不真面目な人間ではないか」と誰かに言われている気がする。
その通りだ。何だか恥ずかしい。

ところで昨日、スーパーに行ったら、辛子明太子が売られていた。

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タイムショック!!である。
タイムセールとどう違うのか俺は知らないけれど、タイムショック!!というフレーズの方が訴求力があるような気がした。事実、俺は買ってしまったよ。タイムショック的辛子明太子を。


2016/03/28 03:34 |雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

美しい敗者に花束を


  人間の人間たる価値は、敗北に直面していかにふるまうかにかかっている。
  敗北とは、決して屈服ではないのだ。


というヘミングウェイの強靭な言葉。
前半部には同意するが、後半部にはやや懐疑的である。
人は往々にして屈服してしまうものではないだろうか?
だからこそ、屈服しなかった人間は美しいと思う。

屈服しないように、自尊心を保つように、精神の平衡を崩さないように、あらゆる攻撃を受け止めようとする敗者の姿というのは何かしら胸を打つものがある。
俺はボクシングを見ていても、勝者よりも敗者が気になるし、政治に無関心なわりに選挙速報を見るのを好むのは、落選者の姿を見たいからに他ならない。落選者に対する侮蔑めいた冷ややかなインタビュー、それに応じる毅然とした人間の姿を見たい。勝利に興奮したボクサーから雄渾に歩み寄られる、その刹那の振り絞る所作を見たい。

それは決して「同情」という感情ではなくて、「判官贔屓」という心理でもない。美しいものを見たい、人間の価値を見たい、という一種の冷然とした好奇心だ。敗者が敗者になってしまう状況というのはもちろん敗者にとっては不本意なことではあるけれど、俺は時に敗者こそが美しいと感じる。美しいものであって欲しいと願う。敗者のひとりとして。
俺は「敗者の美学」を信じない。美しい敗者にあるのはズタズタに切り刻まれながらも、強く光るちっぽけなものだ。それはたぶん美学というほど確固としたものではない、もっと危うく脆いもののような気がする。


2016/03/28 02:58 |雑記COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

夜中のカンカンカン、あるいはトートロジー的物音


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夜というものは全ての人間に平等に静けさをもたらす、かというとそうでもないようだ。
この頃、夜中の三時ぐらいにどこからかトンカチで何かを叩いているような音が聞こえる。夜中に何をしているのか。家具でも作っているのか。それとも猿でも飼ってるのか。あるいは睡眠障害気味の俺の幻聴だろうか。気にすれば気にするほど気になってくる。

やがて、一階の共用エントランスの掲示板およびエレベーターの中に管理組合による張り紙が張られた。「最近、深夜に固い物を叩くような音が聞こえるという騒音の苦情が多数寄せられています。近隣の住人の迷惑になりますのでおやめ下さい」といった内容だった。

良かったよ。少なくともこれで幻聴という線はなくなったわけだ。しかし依然としてトンカチのような音は聞こえてくる。犯人は掲示を見ていないのか、見ても意に介さない主義なのか、どちらにせよ、あの張り紙は意味がない。まるで夏場のストーブのように意味がない。

けれども、俺の場合、入眠に関しては少々の騒音があろうとも問題なかったりする。のび太くんのように異様に寝つきが良い。では何が問題なのかというと、「静寂を享受する権利」を侵害されているという意識を持ってしまうこと。これは精神衛生上よろしくない。線路や大きな道路の近くならいざ知らず、この部屋は本来、ドビュッシーのような静かな音楽が流れる閑静な場所だ。そうであるべきだ。

こうなったら犯人に対抗して、こちらも騒音を発してやろうか。夜中にふんどし一丁になり、鬼のような形相で、暴れまわる太鼓のバチのように踊り狂い、リズミカルに様々な打音を発してやろうか。そんな想像をしながら俺は眠りにつくのだった。


2016/03/25 03:34 |雑記COMMENT(4)TRACKBACK(0)  


先日、この日記でも書いた『家、ついて行ってイイですか?』の放送時間帯が土曜夜8時に変わるそうだ。深夜番組がゴールデン番組になると、万人受けする最大公約数的な作りになってしまい、大半が面白くなくなってしまうっていうのが定説なわけで、残念。

先週放送された回には、美少女ゲーム・アニメ大好きの40歳の男性が出ていて、その住む部屋というのがなかなか圧巻だったのだけど、美少女キャラの露わな乳首には編集で★マークが重ねられていた。また、その前のとあるカップルの取材では、卑猥なオブジェが映し出されたり、それぞれの経験人数なんかもインタビューされており、そういったものは土8という時間帯では難しくなるのではないかと思う。

ところで、深夜からゴールデンタイムに進出ということは、この番組はそれなりの人気があるんだろう。見られる者の承認済みの健全的な窃視というある意味矛盾した欲望を、それだけ多くの人が持っているということなのだろうか。テレ東の目算は如何に。


2016/03/24 05:54 |雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

プラスチックマスク


最近、飲食店などで透明のプラスチック製のマスクを見かけるようになった。
従来のマスクに比べ、表情がわかり、声も通りやすく、それでいて唾液の飛散も防ぐ、ということなんだろうけれど、見慣れていないからか、なんだかあのマスクを着用している姿には違和感を覚える。
これから普及していくのだろうか。そして、俺は違和感を覚えながら、飯を食べることになるのか。
いずれにせよ、銀行強盗をする時には使えないなと思った。

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2016/03/23 06:20 |雑記COMMENT(3)TRACKBACK(0)  

見当はずれの代償行為


古本屋で建築家フランク・ロイド・ライトのドローイング集を見つけた。
素晴らしい内容だった。美しかった。
値段を見ると一万二千円。買えない値段ではないけれど、躊躇するには充分の値段だ。
迷いに迷った挙句、あきらめた。
一過性の感動である可能性もあるからだ。

店を出て、駅へ向かう途中、やっぱり欲しくなってきた。
自分の部屋でコーヒーなんかを飲みながら、あの本を開くのはとても素晴らしいことに思えたからだ。
けれども、店に戻ったら閉店してしまっていた。
そういうことだってあるんだろう。

帰りにコンビニに寄り、プッチンプリンを大人買いした。
見当はずれの代償行為かもしれない。


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2016/03/22 00:05 |COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

モヤモヤとしたもの


今日は日曜にも関わらず外出もせずに自室で漫然としていたら、チャイムが鳴り、カメラを見ると警官が二人立っていた。無視する積極的な理由もなかったので、玄関を開けると、氏名や通常連絡先や緊急連絡先などを任意で収集しているとのことだった。事件に巻き込まれたり、孤独死などの場合を想定して、ということ。これも断る理由もなかったので書いた。用件はすぐに終わり、警官二人はお礼を言い帰って行ったのだけど、なんだか俺の心にモヤモヤしたものが残った。

そのモヤモヤとしたものは何だろうかと考えた時に、警察の孤独死うんぬんというのは体のいい嘘で、ただ近隣で事件が起きた際に容疑者として俺がリストアップされるんじゃないかという、おおよそ被害者意識に喚起されたモヤモヤかもしれないと思い当たった。記入した事項には何も問題は無いとはいえ、受け答えする俺の口調や目の動きや手振り、字体、玄関の匂い、Tシャツのプリント、足の親指の形状などから、警官特有の疑念の目でもって、犯罪者らしき徴候を無駄に鋭敏に感じ取ったかもしれない。恐怖するべきは冤罪である。俺は犯罪とも関わりたくないのであれば、警察とも関わりたくないのである。

となると、警官の訪問に応じたことも迂闊だったと言わざるを得ないし、書類に記入したことも失敗である。己の軽薄な行動にあきれ、軽く後悔した。権力に対する反抗心。実はこういった思考こそが危険分子に見られる特徴なのですよ、と言われれば俺は反論できないかもしれない。まぁ、この辺りは実際に独居老人も多いので、孤独死というのも大いに起こりうる事態なのだけれども、俺はまだ三十五歳だ。
そんなモヤモヤした気分のまま夕方になったので、『モヤモヤさまぁ〜ず』を見た。この番組はちっともモヤモヤしていない。


2016/03/21 03:39 |雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

congratulations


昔行った小さめの動物園には、翼を十分に広げることのできない鷲、コブのしおれたラクダ、足を一本失ったジャガー、生肉に興味を持たないライオンなどの何かしら不具を背負った動物たちが飼育されていた。動物に「アイデンティティーの喪失」というものがあるのかはしらないが、それでも彼らは生きている。その姿を人間に見られている。好奇。洞察。憐憫。そんな視線だ。本来は楽しいところであるはずの動物園を「宿名的に悲しい場所」と定義するならば、ここはある意味、動物園らしい動物園ということになるのだろうか。
そうやって俺は、動物たちを見ているうちに、自分も檻の中に入っていてもおかしくない、そんな気持ちになったのだった。

電車に乗って車内を見渡す。口を開けて眠るサラリーマンや文庫本を読むOLやスマホをいじる学生やスーパーの袋をぶら下げた主婦や優先席に座る老人、彼らがどこへ行くのかは知る由もないが、それぞれの生活をこなし、日常を消尽しているかのように思われた。困難は多かれ少なかれ彼らに襲いかかり、時に打ち勝ち、時に敗北する。その度に得難いもの得て、あるいは失う。当たり前のようにこの世は不平等で、足を失ったり、翼を損なうこともままあるのだろう。ドラクエでいえば「つうこんのいちげき!」を受けることになる。もしくはすでに受けている。それでも彼らは生きている。
なんにせよ、終着点は死であるが、それでも彼らは生きている。





2016/03/18 00:34 |COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

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